ジョージ・ナカシマ没後30年企画展
Journal by Wataru Mizuma
ジョージ・ナカシマ没後30年企画展のキュリエーターである水澗 航によるジョージ・ナカシマについてのジャーナルです。ナカシマの波瀾万丈な人生を読む説くことで企画展に並ぶ家具がより鮮明にそして立体的に浮かび上がります。是非ご一読を。そしてリヒトにてナカシマを体感していただたらと思います。
1 出会い
ジョージ・ナカシマのグラスシートチェアを実際に初めて見たのは、原宿に今もあるセレクトショップだったと思います。その当時は、好きなファッションの世界に飛び込もうと地方からやってきたばかりで、もちろん 手に入れることなど考えもしませんでしたが、その凛とした佇まいは今も記憶に残っています。そんな僕が今ではナカシマ家具を愛用し、多くの人にその魅力を知ってもらいたいとお仕事の一端を担わせてもらっているのは、少し不思議な気持ちです。
最初のナカシマ家具を僕が手に入れたのは 2016年頃。既に北欧の名作家具といわれるものは いくつか暮らしに使っていましたが、家族が増えたのを機に新しく椅子を増やそうと考えた時、 グラスシートチェアのあの可愛らしくも凛とした造形を思い出し、販売していた銀座の桜ショップに行き、一目惚れしてしまったのです。
2 木のこころ
製品の素晴らしさはもちろんのこと、仕事柄なのかその背景が気になり、どうしても掘り下げて 探りたくなってしまいます。いざ購入に向けて色々と調べていくと、海外ではファッションデザイナーのラフ・シモンズがアントワープの自邸でピエール・ジャンヌレやフレンチヴィンテージなどと合わせてナカシマの家具を愛用しているなど世界中の多くの偉人たちが愛用していることを知りました。
世界的には有名なナカシマの作品がウェグナーやコルビュジエ、イームズのそれのように日本では広く知れ渡っていないところを僕はとても気に入りました。僕には昔から、少しメインストリートから外れたモノを愛してしまうあまのじゃくな所があるようです。ただ何より僕をひきつけたのは「ジョージ・ナカシマ」その人です。ナカシマの生き方それ自体が波乱万丈で本当に興味深かったのです。
もっとナカシマについて知りたくなった僕は自身の半生や製作哲学を語った名著『木のこころ』を読み、作品の背後にある木や自然に対する、ひいては地球そのものに対する真摯な想いに心打たれてしまいました。この世には木を「素材」としてうまく利用した名作デザインはたくさんあると思いますが、ナカシマの家具は少し違いました。そこで木は単なる素材に堕していないのです。実際に使ってみてわかったことは、ナカシマの家具は「木」そのものの生命力を体感する家具だということです。そしてその背後からナカシマ自身や職人たちの「木のこころ」を伝えようとす る真摯な想いが匂い立ってくるのです。
3 ジョージ・ナカシマの半生
ナカシマは、家具の「デザイナー」と呼ばれるのを嫌い、自分自身のことを「ウッドワーカー(木匠)」と呼んでいました。この肩書には、自然からの最大の恵みである「木材」を素材としてし かみないような作り手のあり方を否定し、自分自身は木のこころに耳を傾け、木に第二の人生を 与えるために仕える匠でありたいとのナカシマの自然への真摯な気持ちがこもっています。ナカシマがウッドワーカーとして独立する 1944年頃までの半生を簡単に紹介するだけでも、その人生の波乱万丈さは伝わると思います。
ジョージ・ナカシマは1905年5月24日、アメリカ合衆国ワシントン州で日本人の両親のもと生まれました。本格的なボーイスカウト活動を通して子供のころから樹木と密接に触れ合い、ワシントン大学では林学・建築学を学びましたが、20歳のときに両親の故郷を訪ねたいという強い想いに駆られて日本を訪れています。多感な青年ナカシマは両親の故郷、日本から多くの刺激を受けたと言います。
1929年には奨学金を得てハーバード大学大学院に進みますが、性に合わなかったらしく2週間後にはマサチューセッツ工科大学に移籍しています。この即断即決の行動力を伝えるエピソードは、ナカシマの家具の特徴である大胆な木取りやある種の緊張感のようなものがその生き方にも現れているようで興味深いものです。
大学院卒業後は一時、ニューヨークなどの公園の計画などを手掛けましたが、1933年には思い立ったように世界一周の旅に出掛けています。今のように交通が便利ではない時代にはとても珍しいことです。新興の芸術運動がそこかしこで華開いていたパリには働きながら特に長く滞在し、当時最先端のル・コルビュジエ建築の現場に足しげく通ったりもしましたが、個人の主義主張を誇示するような芸術に辟易し、「パリはもう死にかけている」と絶望して、改めて日本行きの汽船に乗り込んだのです。
4 ジョージ・ナカシマの半生
1934年、再び訪れた日本では大田区蒲田の祖母の伝統的な家屋に住み込み日本式の暮らしを実体験しながら、建築学のスキルを活かして日本のモダニズム建築の礎を築いたアントニン・レーモンド事務所に入所します。同僚には後に日本建築界の巨匠となる前川國男や吉村順三がいて、同世代の彼らは互いに多くの刺激を与えあったようです。
特に吉村順三とは生涯にわたり深い交流があり、「簡素なもののもつ気品と力」や「材料それ自 体の美しさ」、「プロポーションというものは僅かな誤差でデザインを駄目にしてしまう」といった点を彼から学んだとのちに回想しています。ナカシマの作品をみれば、吉村順三からの学びは大いに活かされていると感じることが出来ますし、アメリカ副大統領も務めたネルソン・ロックフェラーのためのニューヨークの大邸宅を後年に吉村が設計した際には220点余りにも及ぶ家具をナカシマが製作し、二人の交流の最大の成果を残してもいます。
とても学びの多い日本での生活でしたが、ナカシマは現状に甘んじない果敢な冒険心に富む人物だったようで、1937年にその後の人生の大きな転機となる決断をします。レーモンド事務所に依頼のあったヒンドゥー教修道院の建築計画の現場監督としてインドに赴任することにしたのです。
ナカシマは2年以上にも及ぶインドでの修道者との暮らしのなかで、皆とともに現地に合う工法やデザインで建築や家具を作り、瞑想し、その日を慎ましく生きました。こうして徐々にナカシマの、まるで哲学者のような深い精神は形作られていったのです。ヒンドゥー教の導師からは 「サンドラナンダ(美を楽しむ者)」というサンスクリット名も与えられ、ナカシマは生涯その名前を大切にしていたといわれます。こうしてジョージ・ナカシマは、その果敢な行動力と深い思索の心で、その作品から匂い出てくるような美学や哲学を、「日本とインド」から学び取っていったのです。
5 ジョージ・ナカシマの半生
中国大陸では既に日本との戦争の火ぶたが切られ、世界が激動の度を増していった時代です。そのような情勢の中でもインドでの建築計画が軌道に乗ったことを見届けると、また新たな道をナカシマは歩みだす決意をすることになります。1939年、中国から日本への最後の避難民船に乗り込み日本に帰国し、生涯の伴侶となる岡島マリオン(すみれ)と出会い、婚約。そして戦局が悪化し不穏な太平洋を渡りアメリカでふたりは結婚しました。
アメリカに戻ったのを機に当時最先端の建築物の視察旅行に出かけましたが、伝統ある職人技術の残る日本やインドでの 7年にも及ぶ暮らしを経るなかで、ナカシマにとって「近代建築」はもはや魅力的なものではなくなっていたようです。特に有名な話として、レーモンドの師であるフランク・ロイド・ライトの建築には深く失望しています。
ナカシマにとってみれば、今では世界遺産にもなっているそれらの建築も「構造や骨組みはどうにも不適当」で、「労働者の技能も偽物」にしか映らなかったのです。そしてこの深い失望こそが細分化された分業でしか作りようのない「近代建築」ではなく「初めから終わりまですべてを統合できる、何か新しい職業」を探すことをナカシマに強く決意させたのです。
そしていよいよ、日本とインドで建築に付随して家具デザインをした経験を活かし、懇意にしてくれた神父の力も借りながら「聖ヨゼフの工房」と呼ばれる極めて小規模ながら「一貫生産経営」による家具工房を1941年シアトルに設立し、いくつかのデザインを作り始めることになりました。
6 ジョージ・ナカシマの半生
しかしこのささやかな試みはすぐに頓挫してしまいました。1941年に勃発した日米間の戦争は、ナカシマ家族を放ってはおかなかったのです。翌年には日系人という理由だけで、ナカシマ 家族はアイダホ州の日系人強制収容所に生まれたばかりの長女ミラとともに抑留されてしまいました。ただ、歴史的にみれば自由の国アメリカの暗い歴史のひとつであるこの日系人強制収容も、「新しい職業」を探していたナカシマにとっては極めて重要な出会いに繋がるのですから歴史とは不思議なものです。
偶然にも、日系二世の大工と収容所で巡り合ったことでノミの使い方や日本式のノコギリの研ぎ方・挽き方など、日本は実際に学べなかった基本的な木工の技能を学ぶことができ、いよいよ自分自身の手だけで最初から最後まですべてを統合できる「木工」という仕事に本格的に開眼するきっかけとなったのですから。1943年、日本からアメリカに帰国していたレーモンドの助けもあり抑留キャンプから解放され たナカシマは、レーモンド農場での仕事を経て、ついにペンシルベニア州バックス郡の、小さな家に隣接したガレージを工房として木工の仕事を本格的に始めます。1944年のことです。
「木匠ジョージ・ナカシマ」は、こうして日本とインド、そしてアメリカで時代に翻弄されながらも全力で学び続けた末に、激動の20世紀の中から産声を上げたのです。その後、ナカシマは 家族や友人の力を借りながら、アメリカ開拓民のような精神のもと土地を少しずつ開墾しては、 石やレンガを自ら積みあげ自宅や工房をひとつずつ建てていきました。そして時を重ねるごとに繊細になっていく心で木と対話をしながら、全身全霊を注いで一つひとつの家具を作り続けたのです。家具の背景にある、ジョージ・ナカシマの人生。これほど、20世紀の歴史そのものを生きたような人を僕は他にあまり聞いたことがありません。
7 彫刻家・流政之との出会い
まだまだ魅力的なエピソードはあります。それは彫刻家・流政之との出会い、高松の職人たちとの出会いです。あまり知られていないかもしれませんが、現在ジョージ・ナカシマの家具はアメリカ・ニューホープの自身の工房のほかに、香川県高松の桜製作所でも作られています。ナカシマの創造性が成熟へと向かっていた 1960年代に、高松という地方都市とナカシマを引き合わせたのは、当時国際的に活躍していた彫刻家・流政之。1963年9月号の『TIME』誌に大きく掲載された流の記事に深い感銘を受けたナカシマ自身がまったくアポイントもなく流に電話を掛けたのが2人の出会いでした。
旺盛な開拓精神と日本への深い愛情を持っていたナカシマにとって、大胆かつ繊細に石という素材の力を日本人らしく表現した数々の作品で、「サムライ」と言われ国際的に活躍していた流は、どうしても会わなければならないと直観した人物だったのでしょう。「ナカシマに請われて、ジョージ・ナカシマ工房を訪れた流は、その建物のあまりの粗末さに驚いたという微笑ましいエピソードが残っていますが、「何もないところから全てを始める」というナカシマのフロンティア精神の美しさと行動力に感動し、ついには使命感のようなものを感じながら、日本の職人たちにジョージ・ナカシマを引き合わせようと決意したのです。
「建具などを日本で本格的に学ぶにはどこの大学が良いか」と聞くナカシマに、流は職人のなかにこそ日本の優れた技術があり、職人から直接に技術を学ぶべきだと諭すとともに、こう言ったと言います。「将来ナカシマ家具のファンが日本にもできるかもしれないから日本でもナカシマの家具をつくってみてはどうか。」そして、こう続けました。「作家というものは何かの形で作品を残さないとその国に生きたとかその国でつくったとかという歴史が消えるよ。」
20歳近く年下でありながらも誠実にアドバイスを与えてくれる流政之に多くのことを委ねて、学生でもなく、建築家でもない、木匠ジョージ・ナカシマは日本に再び降り立ちました。1964年の春の出来事です。
8 桜製作所
今では瀬戸内の島々へ向かうフェリーの行き交うのどかな地方都市という感が強い香川県高松市ですが、1964 年当時は全く違う空気感があったのかもしれません。丹下健三のメタボリズム建築の最高傑作のひとつと言われる香川県庁舎(東館 1958 年)建設に代表されるように、1950年から1974年までの24年間、香川県知事を務め「デザイン知事」とも言われた金子正則の音頭のもと、丹下健三のような革新的な建築家、画家・猪熊弦一郎、彫刻家イサム・ノグチや流政之などが足繁く出入りしていた熱い時代があったのですから。
インドに向かう途中で日本に立ち寄ったナカシマは、当初は流のアトリエを見学するつもりだけだったといわれますが、流のアトリエにあった行灯から前年に結成されたばかりの木工・漆・石などの職人達を中心とする運動「讃岐民具連」を知り、すぐに彼らとおおいに意気投合することになりました。そしてぜひとも自身のデザインを民具連の中心的な存在でもあった桜製作所の職人たちとともに作り上げたいと心に決めたのです。
こうして1964年から始まった共同作業は、ジョージ・ナカシマ家具の全貌を本格的に初めて日本に紹介した展示会と言われる新宿・小田急ハルクでの「ジョージ・ナカシマ展」(1968年3月)を最初の成果として、1年おきにナカシマが来日する形で、最後の来日となった 1987年まで20年以上もの長きに渡り続くことになったのです。その機会ごとに、ナカシマは日本の職人たちから高度な技術と丁寧な手仕事を学び、一方で高松の職人たちはナカシマからアメリカ仕込みの合理主義と独自の製作スタイル、そしてなによりも日本とインドが育んだ深い自然への哲学をナカシマから学び取っていったのです。
9 インド国立デザイン研究所とサラバイ邸
今回、このようにナカシマが深い信頼を寄せ、ナカシマの精神がいまも宿る桜製作所で、希少なインド産ローズウッド材を用いたグラスシートチェアが限定生産されることになりました。木材の原産国、インドという国は、日本とともにナカシマにもっとも大きな影響を与えた土地というだけでなく、あまり知られていないことですが桜製作所と同じように現地生産を試みた土地でもありました。
ナカシマはインド国立デザイン研究所(NID)へ自身のデザインを提供し、現地の職人たちと協働することで、ジョージ・ナカシマ家具のインドでの生産を目指していたのです。NIDはフォード財団とル・コルビュジエのインドでの活躍のパトロン的な存在としても知られるサラバイ家の支援の下、1961年にインド政府によって設立されました。このナカシマの活動の背景には、自分を精神的に養ってくれたインドへの愛情の現れ、恩返しという気持ちも当然あったのでしょう。
実際1965年から1972年という短い期間ではありましたが、いくつかのナカシマ家具がNIDで作られたのでした。今回限定生産されるローズウッドのグラスシートチェアも、ナカシマの指導のもと インドで実際に生産された作品のひとつです。この時期に生産されたインドのグラスシートチェアは市場に出回ることは少ないですが、NID 設立にも大きな力を貸したサラバイ氏の邸宅などでは現在も大切に利用されています。
ル・コルビュジエが設計したサラバイ邸は私邸という事もあり、コルビュジエの他の作品と比較すれば紹介されることは少ないですが、インドの自然風土を建築に大胆に取り入れた「隠れたコルビュジエの名作」と評する人も少なくありません。インドの蒸し暑い気候を配慮して、通気性のある座面とともに見た目にも軽やかな グラスシートチェアが選ばれたことは想像に難くないですが、サラバイ邸のようなインドという風土に根差した近代建築の最高峰で今もナカシマ家具が利用されていることは感慨深いことのように僕は思います。
今ではル・コルビュジエ建築のメッカとなっているインドですが、全く違った可能性もありました。実は、サラバイ家のガウタム・サラバイと、その妹は1940年代前半にフランク・ロイド・ライトのもとで2年間建築を学び帰国すると、コルビュジエではなくライト の作品をインドに実現させるべくサラバイ家を動かしていたからです。インド独立前年の1946年、ライトはサラバイ家に依頼された設計案を実際に提出しています。
しかしライトとサラバイ家の関係性が悪化するなどの紆余曲折を経てこのプランは結局実現されず、チャンディガール新州都計画の責任者にル・コルビュジエが指名されると、サラバイ家はライトではなくコルビュジエのパトロンとして活動していくようになりました。歴史に「もしも」はありませんが、フランク・ロイド・ライトの流れを受け継いでいたレーモンド事務所の若きナカシマがそのまま優れた建築家としてインドにとどまり、やがて家具デザインも残していたとしたら、今とは全く異なるサラバイ邸が生まれ、自然風土と建築と家具が三位一体となった名建築群をコルビュジエの代わりにインドに残していたかもしれません。
10 グラスシートチェア
インドでの現地生産品としても選ばれたグラスシートチェアは、最初期にデザインされたジョージ・ナカシマの古典的な作品のひとつと言われていますが、その正確なデザイン年はわかっていません。ナカシマ自身が発行した1960年のカタログの影響でデザイン年が1941年と明記され始めたものの、ナカシマがレーモンド事務所在職中、軽井沢の聖パウロカトリ ック教会のためにデザインした椅子(1935年)や、同じくレーモンド事務所の仕事でインド滞在中に現地の風土に合わせてデザインした椅子(1938年)、またアメリカに戻り抑留されるまでの短い期間にアンドレ・リーネ(リグネ)邸のためにデザインし た椅子(1941年)などが融合して 1944年頃現在のような形になったものと言われています。
偉大な作家の初期のデザインによくあるように、それまでの様々な経験やインスピレーションが長い時間をかけて一つの作品に融合したものなのだと思います。グラスシートチェアのデザインは「日本・インド・アメリカ」というジョージ・ナカ シマにとって重要な3つの場所の経験と記憶が積み重なって生まれたものなのではないでしょうか。そしてグラスシートチェアは無二の親友であった画家ベン・シャーンが特に愛した椅子でもあったそうです。
曲木でつくられた緩やかな半円状の背もたれと直線的な座面とが6本のスポークで繋がり高い加工技術と緊張感を感じさせつつも、全体としてはアーム・脚・座面とが 「〇△□」のような幾何学的なリズムを奏で、軽快で洗練された佇まいとなってい ます。そして平面に対して斜めに入り緊張感をもたらす脚の構造は、後年の多くの作品でナカシマが試行錯誤するもので、グラスシートチェアはナカシマ・デザインの重要な出発点をその形態に秘めています。
11 椅子と出会うこと
僕はこの椅子の「〇△□」に、現在は出光美術館の名品のひとつとして収蔵されている日本の禅僧・仙�儺想�(1750-1837)が描いた「〇△□」(まるさんかくしかく)の 禅画との繋がりを感じています。それは数多い仙�僂虜酩覆里覆�でも特に知られてはいますが、最も難解とも言われるもので、仙�僂呂修離轡鵐廛襪� 3つの図形に「禅の境地」のみならず「全宇宙」の摂理までも凝縮させたとさえいう人もいます。
具体的に仙�僂虜酩覆聾�ていなくても、〇△□は日本の寺社仏閣などには多く見つかる意匠です。実際若かりし頃のジョージ・ナカシマは吉村順三と連れ立っては、奈 良・京都・伊勢を訪問し神社仏閣を建築的に深く検討するとともに古典文学を読む などして日本文化を精神的にも理解しようと努めていましたから、僕はこの椅子にナカシマの禅的精神が表現されているのではと勝手に妄想したりしてしまうのです。
禅に深い影響を受けていたスティーブ・ジョブズがナカシマの家具を愛用していたのもただの偶然ではなく、装飾を排して木そのものの生命力をシンプルに表現した、ナカシマ家具の「禅的デザイン」の魅力がその愛用の背景にあるのかもしれません。新しい人との出会いが僕らの人生に様々な感情やインスピレーションをもたらして より豊かなものにしてくれるように、僕は愛すべきひとつの椅子との「出会い」も人生を豊かにするきっかけになると信じています。
「背」や「脚」などの呼び方にも表れるように、椅子はさまざまな家具の中でも特に人間に寄り添った存在で、それを作る人・使う人の個性や愛情が最も現れる家具のひとつですから、僕はグラスシートチェアにそっと座る時、これを生み出したジョ ージ・ナカシマや桜製作所の職人たちの個性や愛情を感じ、その人たちに会っている気持ちにさえなる時があるのです。
これまでご紹介した以外にも、ジルサンダーのルーシー&ルーク・メイヤー夫妻がA magazinesでジョージ・ナカシマを彼らの素晴らしい創作の源と紹介していたり、ジョナサン・アンダーソンがロエベの店舗にナカシマの椅子を使っていたりす るように、ジョージ・ナカシマの家具は一流のクリエイターにも様々な影響を与えています。グラスシートチェアが僕の妄想のようにジョージ・ナカシマの禅画であるかは別として、この愛すべき椅子は禅の公題と同じく、それぞれの人のそれぞれの時に様々な「感情」や「インスピレーション」を与え人生を豊かに彩ってくれる。そのことだけは間違いないように思います。
今回の企画展がナカシマを知り、愛すべき椅子と出会うきっかけになってくれると嬉しいです。
僕はこの椅子が大好きです。
ENKEL主宰 水澗 航
ジョージ・ナカシマ没後30年企画展についてはこちらをご覧ください。